
子供の頃、駅前に大きなゲームセンターがたくさんあって、親が駅前に出かけるとなると、一緒についていって、自分はゲームセンターであそんで待機していた。もくもくとタバコくさい空間の中で、上手にプレイしている人の後ろからそっと見ているのが好きな子供だった。パズルもアクションもシューティングも、見境なく好きだった。もちろん自身でプレイするのも好きだが、下手だったのですぐ負けて悔しい思いをするのをよくよくわかっていたので、多くの時間は他人がプレイしているのを見ているほうが長かった。
アメリカにあったゲームセンター風のバー
そんな子供時代を思い出させてくれたのは、アメリカにあったゲームセンター風のバーだった。レトロなゲーム機が並べられている。米国は1コイン25セントなので、日本の100円よりも良心的な値段設定である。ディグダグ、ギャラガなどレトロなものから、もう少し進んで、Marvel vs. Capcomなどもある。エアホッケーなど、仲間通しでワイワイできるものもおいてある。ニンテンドー64のマリオカートまでおいてあって、こちらは無料で楽しめる。これは楽しいところを見つけてしまった。
アーケードゲーム、何が違うの?
ぶらぶら見回り、遊んでいた中で気づいたことがある。日本のアーケードゲームは一筐体で1〜2名で遊べるようにできているが、米国には最大4人まで同時にプレイできるようになっている筐体がある。珍しいと思って写真を取ったのがサムネの写真である。これを見てハッと思い出したのはdungeons and dragonsである。4人が同時にプレイしているデモ画面が見られるのに、レバーが2つしかないから無理じゃん、4人で遊べたら楽しいだろうなと子供の頃思ったのだが、これで理解できた。そう、デモ画面通り米国版では4人同時プレイが可能だったのだろう。日本では大人の都合で、二人で遊ぶようにしかできていなかったのだろう。
ゲームと言うと、先の子供の頃に体験した通り、フラッと一人、もしくはせいぜい数人で入って、もくもくと一人で熱狂するというのが日本のスタイルだが、米国ではきっとそうではないのだろう。友人同士や家族で遊びに行ってみんなでプレイして遊ぶというのが基本なのだろう。ゲームで遊ぶという同じ所作なのに、意味合いがぜんぜん異なるのが興味深い。日本ではゲームをプレイすること自体に主眼が置かれているのに対し、米国ではゲームを通して、仲間と遊ぶことに主眼が置かれている。
今回このバーに3人で行って、さっきのような4人同時プレイ可能なゲームをみんなでやったが、たしかに面白かった。一人でやるような没入感はないものの、ワイワイやれるのは楽しい。ゲーム一つとっても、文化の違いを見せつけられた。
仲間と過ごすということ
ゲーム筐体一つとっても、何かを媒介に仲間と楽しむという文化を持つアメリカ。この文化的側面は、メンタルにも大きなメリットをもたらしている可能性がある。
コロナ後に生活が良くなったかというアンケートに対し、アメリカでは良くなったと回答したのが38%いたのに対し、日本では11%と調査国の中で最下位であったとのこと。これと相関があるのが、信用する仲間に自身のことを打ち明けられるか、ということだそうだ。アメリカを始め、コロナ後に改善したと回答した割合の多い国では、この打ち明けられる人が多いのだそうだ。うつうつとした気分を晴らすのに、趣味に走るというのが、日本人が思いつきそうな対応だが、改善率の高いアメリカなどの国々では、気分を晴らすには、信頼する仲間と過ごす、コミュニティに参加する、というのが多い回答であったとのこと。
そこにもし因果関係があるとするならば、仲間と過ごすというのを増やすのが健康的になるのかもしれない。休日一人で家に引きこもっていたり、人のいない静かな場所で過ごすことが多い私は、生活を見直さないといけないのかもしれない。かもしれない。かもしれない。。。
何して仲間と過ごそう?
さて、仲間と過ごすのが良いということであるが、出不精で、ひとりの時間がどちらかというと好きな私はこの後、どうしたらいいものか?
- チェスを覚えて、対人してみる
将棋が好きなので、似たようなチェスを覚えて、対面で一緒にプレイする。 - ジムで筋トレして、筋トレ仲間と話す。
運動もできるし、仲間もできるし、いいんじゃない?あとは俺が運動好きになって、人好きになれば完璧な作戦だ。 - 早く学会デビューして、研究仲間を作る。
これがいい。これにしよう。研究頑張ろう。これがスムースだ。
ということで、ひとまず黙々と研究に没頭しよう。あれ、この間仲間と共有できなくね?…



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